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2017/06/13

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埼玉在住の若者たちが始めた復興支援のためのフットサル大会。関東一円で開催を重ねる「BELIEVE JAPAN CUP」とは。

未曾有の大災害となった東日本大震災から6年。今もフットサルを通じて、被災地支援を続けるプレーヤーたちがいます。
「BELIEVE JAPAN CUP」
埼玉県在住の若者たちが始めたこのチャリティー大会は、主に関東地域で開催実績を重ねています。地道に活動を続け、2017年5月現在27回の実施を数えました。義援金の総額は既に200万円を超え、参加者たちの被災地を思う気持ちと共に東北へと送られています。栃木県会場となっている大田原市の那須フットサルパークみどりでは、年に2回、岩手県陸前高田市の市立小中学校復興基金へ寄付を続けています。通算9回目の栃木大会となった5月28日の大会には11チームが出場、被災地復興を願いながらボールを追いました。

20170613_1スマイルの部は女子選手などが笑顔でプレーした

近年は熊本地震の復興支援も

このチャリティー大会は、震災直後、埼玉県内でフットサルを楽しんでいた矢板東高(栃木)の卒業生、今井峻瑛さん(33)が、「被災地のために何かできないか」と仲間たちと行動を起こしたのがきっかけでした。「BELIEVE JAPAN CUP」と名付けられたそのイベントは、2011年4月17日に誕生しました。埼玉県から千葉県、神奈川県でも行われるようになり、現在も継続中。福島県南相馬市の社会福祉協議会などへ寄付金を送り続け、近年では2016年の熊本地震の支援も行いました。

そんなチャリティーイベントが那須フットサルパークみどりで初めて行われたのは2013年5月のことでした。今井さんが高校時代の仲間たちがつくるフットサルチーム・フレチェスト。そのメンバーたちが、「栃木でもBELIEVE JAPAN CUP開催を」と行動を起こし、チームがホームコートにしていた那須フットサルパークみどりが協力要請を快諾、大会が実現しました。

「大田原市も被災した街の一つ。震災直後にはコートを開放したり、募金をしたりしていたが、時間がたつにつれ被災地を思う気持ちが薄れつつあった。しかし、このチャリティー大会の話をもらい、『次はフットサルで被災地支援を』という気持ちになった」。同コートでゼネラルマネージャーを務める森田昌也さん(53)は当時をそう振り返ります。
森田さんは東京都立町田高卒。高校時代の親友に、現在、陸前高田市で復興の陣頭指揮に当たる戸羽太市長がいました。その縁をたどり、18チームが参加した第1回大会は、義援金17万円を陸前高田市へ送金しました。義援金は教育現場の復興基金に繰り入れられ、公立小中学校の復興に役立てられています。同コートだけの義援金総額は今回の第9回大会を含めて80万円を超えました。

開会式では陸前高田市の方向へ黙祷をするのが慣例に

大会は「楽しむこと」を主眼に置かれています。「栃木大会はアットホームな雰囲気」と今井さん。午前中は女性や子どもも入ったスマイルの部、午後は成人男性が多いオープンの部が設定され、それぞれの開会式では参加者らが陸前高田市の方向へ黙祷して大会に入るのが慣例になっています。

第9回大会は初夏を思わせるような強い日差しの下で開催されました。スマイルの部は県内外から6チームが出場。フレチェストのメンバーの家族や、地元の高校生や大学生、社会人らが気持ちのいい汗を流しました。県内の公式戦で活動するブラジニアは女子選手中心の編成で、初参加し準優勝。メンバーの1人、伊予部歩さん(29)は「いろんな人と触れ合えて楽しかったです。MVPもチームから出て、とても思い出に残る大会になりました」と声を弾ませました。

20170613_2試合前に全選手により行われている黙祷

栃木大会にも南相馬市から参加を続ける常連チームが

また、出場チームの中には、福島県南相馬市から参加を続ける「岡田農園」の選手たちの姿もありました。岡田農園はこの大会の常連チーム。震災直後、南相馬市から大田原市に避難してきていたフットサル仲間が、同コートでプレーした縁で県外から参加するようになりました。震災で大きな被害を受けた南相馬市のプレーヤーたちが、フットサルを通じて陸前高田市ともつながっています。今回、チームを率いた南相馬市の理学療法士、安部ちひろさん(35)は「車で3時間かけて来ていますが、毎回楽しみにしています。ここでの大会が続く限り、参加していきたい」と爽やかな笑顔をのぞかせました。

20170613_3復興が進む南相馬市から駆け付けた岡田農園の選手たち

20170613_4オープンの部は男子選手が順位を競った

一方、オープンの部は成人男性のチーム5チームがハイレベルなプレーを見せながら優勝を目指しました。ホストチームとして大会を盛り上げたフレチェストの篠原拓郎さん(34)は「被災地支援がチームのモチベーションになっています。僕たちは義援金と一緒に『笑顔』も送っていると思っています。被災地を元気にしたいという気持ちはずっと変わりません」と話しました。

時が流れ、震災の記憶の風化が懸念されています。しかし、フットサルから始まった被災地支援の輪は6年が過ぎた今も広がり続けています。被災地が完全復興を果たすその日まで、「BELIEVE JAPAN CUP」の名の元に集まった、東北を想うフットサルプレーヤーたちの交流は続いていくはずです。